貨幣の代表的な機能が、金融システムによって、機能不全を起こしている。
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尺度
- 貨幣は市民への分布が極端に減っており、人類の90%の人にとっては、全体量の75%が自分達には流通していない
- 人類の90%の一般市民にとって、馴染みの薄いものを尺度として採用する合理性が下がっている
- これは、アメリカに住んでいる人にペソでの生活を強要しているようなもの(補足:ただし、労働で平均的な量のペソを得ること以外に、ペソの獲得手段はないものとし、米ドルによるペソ換金や金融資産の取得といったレバレッジのショートカットを封じられた、分断状況とする)
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保存
- 実態として、貨幣は保存しているだけでどんどん価値が減る
- 金融市場では資本には成長が求められ、主に巨大資本や権威の要求で信用が発行され続けるため、一般市民の持つ貨幣の単位あたり価値は減る
- 貨幣の保存、移動、使用には手数料や管理コストの摩擦が存在し、資産の量は可処分の現金を意味しない(フィンテックのような将来の成長を期待されるような事業分野の影響も受ける可能性がある)
- 金融システムで摩耗する貨幣は巨大資本に吸い取られ、それが進行するごとに手持ちの資産の可処分価値はさらに減る
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交換
- 貨幣で貨幣を増やすことができるため、次のような交換や消費を回避するインセンティブが働く
- できる限り保存する
- 自分は使わず、他人に使わせる:より機能不全の懸念が深刻なパターンだと、制度的に他人に使わせる方法、物価のようなわかりにくい形で供出させる方法、生存の必須コストを上げる方法、などもある(この問題は利益モデルのモデル3、4でも言及している)
- 貨幣で貨幣を増やすことができるため、次のような交換や消費を回避するインセンティブが働く
保存機能の懸念に対する補足
保存機能の懸念については、信用や貨幣の価値の考え方について補足説明したい。なぜなら、信用や貨幣の一般論を正面から否定しているからだ。
これは別途記事にする予定だが、簡単には以下のようになる。
まず、信用には上限がある、と考えられる。
既発行の貨幣には総量が存在し、未発行の貨幣については理屈の上では上限がない。ただしこれは実態を持たないため、「信用を現実的に発行できる人に限定された」の内的で主観的な認知であり、「信用を現実的に発行できない人」にとってはこれは事実にならない。つまり、信用の管理者の立場から見れば、信用システムには理論上上限がないが、信用の管理者ではない人にとっては、信用システムは既発行の総量の分配にしか見えないし、現実的にもシステムはそのように振る舞う。
つまり、人類の大半の人の立場から見れば、「信用に理論上上限がないという経済システムが非現実的で『信用できない』」ということになる。
次に、貨幣は発行するほど価値が減る。その背景には上の信用の仕組みの観察がまずある。
これに加えて、貨幣が実際にどのように役立つかを考えた場合、貨幣の価値は、生活必需品、娯楽、ひいては、天然資源、人脈、情報、貨幣、信用といったもので、抽象化すると「リソースへのアクセス権」になる。
リソースには多くの場合、総量と上限がある。そのため、貨幣の量はアクセス権に対する支配力の分割と、その支配率として相対的に振る舞う。絶対的ではない。
リソースは増えるわけではない(究極的にはエネルギーの散逸に従って超マクロには減り続ける)ため、分割を増やせば増やすほど、単位あたりの貨幣でアクセスできる潜在的なリソースが減る。